神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された(ヨハネ3,16)

ヨハネ3,16-17

・・・神が御子を世に遣わされたのは世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである(17節)。問題はこの17節。「裁く」には「形をつける」といういい意味があるがここでの裁きの原意は断罪。ヨハネが使う「世」は罪のにおいのするもので日本の語感よりもきつい。そんなヨハネの世は断罪の対象ではなく愛の対象。父である神の愛の深さは放蕩息子を無条件で迎えた父の姿に顕著。だから、どんなときも喜び・希望・感謝。
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信仰の質を高めるコツ----大文字の私と小文字の私を使い分ける

イエスの怒りは義憤、私たちの怒りは裁き、裁きは罪