投稿

2月, 2020の投稿を表示しています

なにもかも捨ててイエスに従ったレビは信者の生涯のテーマ

今日のみ言葉 マタイ5.27-32 「27 その後、イエスは出て行って、レビという徴税人が収税所に座っているのを見て、「わたしに従いなさい」と言われた。28 彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。29 そして、自分の家でイエスのために盛大な宴会を催した。そこには徴税人やほかの人々が大勢いて、一緒に席に着いていた。30 ファリサイ派の人々やその派の律法学者たちはつぶやいて、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか。」31 イエスはお答えになった。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。32 わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」 感想

四旬節はキリストとの追憶を辿る信者だけが知る栄光への道

イメージ
今日のみ言葉 窮屈でも咲く マタイ9.14-15「  14  そのころ、ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。 15  イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。」 感想

イエスについて行きたいと思うのは山々でも日々自分に従う生身の悲しさ

イメージ
今日のみ言葉 金蓮花 ルカ9.22-28 「・・・私についてきたい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のために命を失う者は、それを救うのである。続く」 感想

早くも四旬節。「今こそ、心から私に立ち返れ」と主は言われる

イメージ
聖母像横のモッコーバラ 今日のみ言葉 ヨエル2.12-18 主は言われる。「今こそ、心から主に立ち返れ。断食し、泣き悲しんで。衣を裂くのではなく、お前たちの心を引き裂け。」続く 感想

信者の印は「上から出た知恵」に基づく柔和さを行いで示すこと

今日のみ言葉 ヤコブ3.13-18 「あなた方の中で、知恵があり分別があるのは誰か。その人は、知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。・・・上から出た知恵は、何よりもまず、純心で、更に、温和で、優しく、従順なものです。憐れみと良い実に満ちています。偏見はなく、偽善的でもありません。義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。」 感想

あなたはメシア、生ける神の子。人間ではなく、天の父が言わせた。

イメージ
聖ペトロの使徒座 祝日 今日のみ言葉 マタイ16.13-19 「人々は人の子ノことを何者だと言っているか。」・・・「洗礼者ヨハネだ、エリヤだ、エレミヤだとか、預言者の一人だと言う人もいます。」 感想 あなたはバン。「人が呼ぶと、それは・・・生き物の名となった」創2.19

道を譲るのは人だけではない。命に関わるっことになるから気を付けたい。

イメージ
今日のみ言葉 カトリック国分幼稚園玄関横の白椿 マルコ8.34-9.1 「・・・自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のため、また福音のために命を失う者はそれを救うのである。・・・。 感想

サタン、引き下がれ!あなたは神のことを思わず人間のことを思っている

イメージ
今日のみ言葉 マルコ8.27-33 「・・・サタン、引き下がれ!あなたは神のことを思わず人間のことを思っている。」 感想 神のことを思っている?

全盲の人が見えるようになった喜びはいかばかりか

イメージ
今日のみ言葉 マルコ8.22-26 「・・・盲人は見えるようになっていった。『人が見えます。気のようですが、歩いているのがわかります。』そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、良く見えてきて癒され、なんでもはっきり見えるようになった。・・・。」 感想 元盲人は美しい花々に歓喜したに違いない

5回も6回も繰り返されたイエスの叱責の真意は何か

今日のみ言葉 マルコ8.14-21 「弟子たちはパンを持ってくるのを忘れた。舟の中には、一つのパンしか持ち合わせていなかった。・・・。」 感想

ファリサイ派の人がイエスを試そうとして天からの印を求めるが拒否された

今日のみ言葉 マルコ8.11-13 ファリサイ派の人がイエスを試そうとして天からの印を求めたが、イエスは断った。 感想

今日の聖書と典礼の表紙絵はキリストがモーセに律法を授ける4世紀半の作品解説

イメージ
今日のみ言葉 第1朗読 シラ書15.15-20 第2朗読 1コリント2.6-10 福音 マタイ5.17-37 感想

パンを増やす奇跡が2回も取り上げられた理由はともかくとして

今日のみ言葉 マルコ8.1-10 感想

体の耳と目が癒されたこの人は私たちと同じ課題を生きることになった

今日のみ言葉 マルコ7.31-37 「…人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れてきて、その上に手を置いてくださるようにと願った。・・・」 感想

異教徒に対する奇跡に乗り気でなくても、母親の信仰に臨機応変に答えた。

今日のみ言葉 マルコ7.24-34 シリヤ・フェニキアの女の信仰「・・・まず子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って子犬にやってはいけない。・・・」 感想

毎日のミサで話す数分の説教(ホミリア)も手書きから音声に変えたが感度はいかが?

今日のみ言葉 マルコ6.30-34 2月8日ミサ説教音声 https://anchor.fm/pken/episodes/ep-eamc6s/.com

元祖断捨離はイエス様で宣教に派遣された弟子たちが広めた

聖アガタ殉教者 記念日 今日のみ言葉 マルコ6.7-13 「…旅には杖一本のほか何も持たず、ただ履物は履くように、そして下着は二枚着てはならない。・・・」 説教音声 https://anchor.fm/pken

ルドビコ様は12歳耳をそがれて縛られて歩く千キロ雪の道小さい足跡血がにじむ

イメージ
日本26聖人殉教者 祝日 今日のみ言葉 マタイ28・16-20 「・・・あなた方は行ってすべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなた方に銘じておいたことをすべて守るように教えなさい。私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」 感想 先生のいなくなった弟子たちはどんなにか寂しく、頼りなく感じたことかと思う。そんな弟子たちに召集がかけられ、思い出のガリラヤに集まった。中には、半信半疑、一体何が始まるんだろうといぶかしく思う者もいた。そんな弟子たちに課されたのは、世界宣教という大きなミッションだった。それでも、「いつもともにいる」という約束の言葉を胸に納めて出かけたに違いない。あの疑い深いトマがインドにわたって宣教したというのだから、心意気のほどが分かる。 そんな志を継いだのが、12歳の幼いルドビコを含む26人。指宿教会の保護の聖人たちだ。極寒の中、京都―長崎1000キロほどの道のりを歩き通すことができたのは何故か。 「いつもともにいる」という主のみ言葉だったのではないのか。今日は、そんな彼らの過酷な旅と素朴な信仰を思いながら過ごしたい。 26の十字架が描かれているin指宿教会

人は遺伝子オンで生きる。信者は信仰の遺伝子オンで生きる。

イメージ
今日のみ言葉 マルコ5.21-42 「イエスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まってきた。…会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足元にひれ伏して、しきりに願った。『私の幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。うすれば娘は助かり生きるでしょう。』・・・イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。『お嬢さんは亡くなりました。…』・・・イエスは家の中に入り、人々に言われた。『子供は死んだのではない。眠っているのだ。』人々は嘲笑った。…『私はあなたに言う。起きなさい。』…少女はすぐに起き上がって歩き出した。…」 感想 「人は遺伝子オンで生きる」村上和雄という遺伝子学者が書かれた本。先生によると、色々な病気は遺伝子が眠っている状態でいるから発症する。遺伝子を起こしてあげると人元気になる、という内容の本で目からウロコ。一読をお勧めしたい。 「子供は死んだのではない。眠っているのだ。」というイエス様の言葉に、かつて読んだ上記の本が思い起こされた。 信仰の遺伝子は、先ず、どんなことであっても、「なれかし!」と言って受け取ろうするとき目覚める。「ありがとうございます。感謝します!」と声を上げるときに目覚める。だから、「それでも、喜び、希望、感謝」で今日も一日、遺伝子オンで生きたい。 アリアケカズラinフラワーパーク アリアケ和良

豚の群れを失ったゲラサの人々が被ったさらに大きな損失とは?

イメージ
ユスト高山右近福者殉教者 今日のみ言葉 マルコ5.1-20 悪霊にとりつかれたゲラサの人をいやす 感想 豚コレラでもあるまいに、イエス様も乱暴なことをなさった。悪霊にとりつかれた人を救うためとはいえ、人々の大事な資産である2000匹もの豚の群れをガリラヤ湖に沈めてしまうことはなかったのではないかと同情してしまう。著者のマルコにしても、その後の村の様子を書かない。ただ一言、癒された人がいろいろ話すのを聞いて、「人々は皆驚いた」(20節)と記すのみだ。聖書はどうしてこうもぶっきらぼうなのかといまだに思う。「だから、後は想像して自分の聖書をかくのです」と10日前に明光生たちに話したばかりなんだが。 ともあれ、生活の糧を稼ぐ苦労を知らない司祭の立場から言えば、何よりも大きな損失は、イエス様に出ていってもらったこと。もっとも、「皆驚いた」とあるから、「あの先生にもう一度来てもらって、話を聞きたい」ということになったのかもしれない。 いずれにしろ、考えてみると、これは遠い昔の話ではなく、わが身に起こっている現実ではないのか。自分の都合優先は 日常茶飯事。ここまで書いたら、豆まきに呼ばれた。そうだったか。今日はいみじくも節分。わがまま鬼に出ていってもらうことにするか。 鬼さん役も交代で

創世記で壊された人と自然の調和がイエスにおいて回復した

イメージ
今日のみ言葉 マルコ4.35-41 「・・・弟子たちは、群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたままこぎ出した。・・・激しい突風が起こり、舟は波をかぶって水浸しになるほどだった。・・・イエスは起き上がって風を叱り、湖に『黙れ、静まれ』と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。・・・。」 感想 1997年、ガリラヤ湖を舟で渡ったときのことだ。沖に出たところで、今朝の福音の記事と同じような突風が起こり、乗客たちはパニック状態。夕食を済ました後だっただけにあたりは真っ暗で、しかも、当時の舟を復元したと言うだけあって吹きさらしであったため、全員が波をかぶることになった。「聖書の話が現実になった」と興奮する人もいたが、正直怖かった。 創世記3章には、禁断のみを食べた アダムとエワが神様から叱られ、自然と闘いながら汗を流すことになるという宣告を受ける 話がある。つまり、自然と人との調和が壊されたという話は、こうして湖上のイエス様において見事に回復した。人と人、人と神との調和もまたイエス様においた回復された。 だから、私たちが信じているイエス様は、私たちの間のあらゆる分裂を癒やす方。今日もそんな主との歩みとなるように。 海水の池