名ばかりの信者をやるときは多いが、それでも今日を与えてもらった

今日のみ言葉

マタイ16・24-28 「私についてきたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のために命を失う者はそれを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても自分の命を失ったら、何の得があろうか。・・・。」

感想

 信者というのは、誰でも主に従っていきたいと思っている。だから、それぞれの十字架をに直面したら、主の十字架を思いながら担いでいこうとする。
 問題は、次だ。つまり、「自分の命を救いたいと思う者は、それを失う」ことに気がつかないばかりか、「自分にこだわり譲歩しようとしないことが、実は主に背いていること」に気がつかないこと。命を失うとは信者を止めるということ。いや、これは言い過ぎ。信者の心を失うといった方がいい。この状態の蔓延が問題。
 今日は、そんな自分の現実に直面して信者の心を取り戻したい。
しっかり目を開け、警戒を怠らない

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