主は、一家の働き手を同時に二人も失うことの意味を知っておられた?

今日のみ言葉

使徒聖アンデレの祝日
マタイ4.18-22
「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。・・・二人は網を捨ててすぐに従った。・・・」

感想

いつも思うことだが、「一家の働き手を二人も失うことがどれだけの結果を招くことになるのか知っておられたはずなのに」。しかし、当時のユダヤ人たちにとってメシア待望論がちまたでも高まっていたらしいので、そんな気運にうまく乗ったと考えられなくもない。そして、この家族の中でも、きっと話題に上がっていたのかもしれない。

実際、もう一組の兄弟ヤコブとヨハネが、あるとき、「栄光をお受けになるとき、私どもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせて下さい」(マルコ10.37)と願ったことになっている。「私どもの家庭からそんなお方の弟子が出るなら願ってもないこと」と二人の両親は思ったのかもしれない。「それまでは、二人でナントカ頑張る。」

もちろん、弟子たちはいずれ、彼らが思い描いた「地上のメシア、あのダビデ王の再来」でないことを知ることになるのだが。

ともあれ、今日も、気持ちよく、「ハイ!」の気持ちで身近な人々と共に生きていきたい。一人一人の、二つ目の拝領。
日本人の心に今も響き続けている



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