弟子の条件を突きつけられて一歩退いた群衆の一人が自分

今日のみ言葉

ルカ14・25-33
弟子の条件
①身内や自分の命を憎むこと
②自分の十字架を担ぐ
③どんな苦労もいとわない覚悟
④自分の持ち物を全て捨てること

感想

②を除くいずれの条件も、無理難題。これが正直な感想だ。③も、何とかなるかもしれないという淡い思いはある。①はもとの言葉も「憎む、嫌悪する」とあって強烈すぎる。ましてや、④に至ってはもうアウト。しかも、これが、ついて来た「大勢の群衆」に向けてなされたことになっている。みんな思わず「エッ!」とフリーズしたのではないか。

実際は、人々を甘い夢に酔わせる現世的メシア待望論を否定する意図があったのだと思う。「あなたが王となるときは、ウチの二人の息子をあなたの右と左に」と願う弟子の親が現れたりしたのだから(マタイ20・20-21参照)。

それはそうと、④は文字通りだと無理でも、それ以上に深刻なのが我(ガ)への固執。これを手放すことがいかに難しいか。第一、自分が何にこだわっているかもわかってくれないことが教会のゴタゴタの原因。たとえ分かっても、認めたくないという金縛り状態という悲劇は珍しくない。

そんな自分に出会えたら弟子になれるかも。
御領ケ池のカルガモ一家


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