クリスマスをワクワクしながら待つのは、サンタではなく本当のサンタ救い主

待降節第二火曜日

今日のみ言葉

イザヤ40・1-11 帰還の約束
「…主のために荒れ野に道を備え、私たちの神のために荒れ地に広い道を通せ。谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。…見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ、御腕をもって統治される。見よ、主の勝ち得られたものはみもとに従い、主の働きの実りは御前を進む。…」

感想

神は絶えず救いの手を差し伸べて、毎日毎秒、私たちのことを気にかけておられる。しかし、そんな思いは頭では分かっていても具体的にあらわになることは多くない。「神様は確かにおられる!」とか、「神様が間違いなく働かれた!」と分かるときもある。そういうことが繰り返されて、信仰の腕は上がる。

そのことを、いわば国家事業として取り組んだのが捕囚の民だった。その推進役が預言者たち。今朝のみ言葉は、捕囚の地からの帰還を予告するもので、民としてボーっとして待つのでなく、神様が働きやすいように心を整えて準備するようにとの呼びかけ。当時の人々は、エルサレム帰還をワクワクしながら待ったのだと思う。

ワクワクすることはそう多いわけではないが、我が子よりもかわいいという孫の姿を見る時はいつもワクワクするのではないだろうか。ボクには体験のないことだが。ただ、我が平和な幼稚園でも、それぞれ重荷負って一生懸命生きている。ワクワクとは無縁の姿が、この人たちにも、歓喜の日が来るようにと毎日の祈りは欠かせない。

ただ、問題は依然残ったとしても、失望することなく希望の中で生きていけるというのが福音。教皇が言われたように、「信者を作るためではなく、人々が強く生きるために来た」(うる覚え)と言われたのはそのことだ。多くの日本人が教皇訪日とクリスマスが連動して、これまでとは違うワクワク感をもって祝ってくれることを祈りたい。
まだ未完成だが…



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